三男だけど、色々あって跡継ぎになった徳川秀忠

こんにちは!

暦と旅の案内人こよみすと
プロデューサーの藤野です。

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早速ですが、今日も、皆様を

大人のタイムトラベル 〜暦と歴史の旅〜

にご案内したいと思います。

 

 

藤野の大好きな「江戸時代」(とその前後)を舞台に、
皆様ご存知の歴史上の有名人(じゃない人も出てくる)をご紹介しながら、

暦を読み解き、歴史を紐解く、
ちょっと不思議なタイムトラベルへお連れします。

 

 

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日本史上、「幕府」(武家の政権)は三回できましたが、
なぜか、2代目は地味・印象が薄い、というかわいそうな共通点があります。

初代と言えば、幕府を作った人そのものだからやったことがハデですし、
教科書とかにも必ずでてくるので人々の記憶にもあるのです。

しかし、2代目となると皆地味一色で、
3代目になると、何か大きな事件が起こったりして、
また教科書にもでやすいのです。

例えば、
鎌倉幕府の2代目・・・源頼家
室町幕府の2代目・・・足利義詮

あんまり知らないでしょ( ̄▽ ̄)

だからこそ、今回は、

徳川幕府の第2代征夷大将軍 徳川秀忠公

にスポットを当ててみたいのです!

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それではどうぞ、こちらから、
大人のタイムトラベルの始まりです。。。

 

第二代将軍  徳川 秀忠 
1579年05月12日生(本命七赤金星 卯年・月命五黄土星)7-5-9-3

<こよみすと 的見解>

本質的に金運に恵まれドライな気質を持つ。
対人的にはリーダーシップが強く自分流。
潜在意識には頭脳明晰で強い信念を持つ。
明るく前向きで、実家とのご縁は強く長男的な役割を求められる。

出生地:遠江・浜松城 静岡県浜松市中区元城町100ー2

お父さん:徳川家康
お母さん:家康側室・西郷局(於愛の方)、乳母:大姥局(おおうばのつぼね)

長兄:松平信康 秀忠が生まれた年に切腹
次兄:結城秀康 豊臣秀吉の養子となり結城家を相続

と言うわけで、
今回はこの秀忠公の人となりに、ググッと迫ってみます。。。

 

 

 

天正7年4月7日(1579年5月2日)、徳川家康の三男として遠江国浜松に誕生。

母は側室の西郷局。(於愛の方)
母の実家・三河西郷氏は土岐氏一族で、
室町初期には三河守護代を務めたこともある名家であり、
当時も三河国の有力な国人であったようです。
乳母・大姥局によって養育されます。

秀忠が誕生してから5か月後に長兄・信康が織田信長の命により切腹している。
次兄である秀康は豊臣秀吉に養子として出され、のちに結城氏を継いだため、
母親が三河国の名家出身である秀忠が、
実質的な世子として処遇されることになった。

と、ここで「暦」を読める方には、秀忠の生まれ星のうち、
7-5-9-3 の4つ目の「3」にご注目頂きたいのです。

「3」には「長男」と言う象意があり、秀忠も三男でありながら、
徳川宗家を相続するにたる星を、しっかり持っていた、
と言う事ができます!

1590年豊臣秀吉の小田原征伐の際、実質的な人質として上洛すると、
聚楽第で秀吉に拝謁・元服し、「秀忠」の名前を賜ります。

1595年、同じく秀吉の仲介で、
浅井三姉妹(茶々・初・江)の三女・お江(於江与)と結婚。

1597年には伏見の徳川屋敷で千姫が誕生するなど、
お江との間に2男5女を儲けます。

そして有名な!1600年09月15日の「関ヶ原の戦い」への大遅刻!

実は、この関ヶ原に先駆けて、江戸を出立し、
まず会津の上杉征伐に向けて宇都宮に進軍しているのです。

そして彼が向かった先が信州上田。
ご存知「真田丸」の真田幸村のお父さんである
戦国の知将・真田昌幸の居城です。

で、この真田勢との戦いに日時を費やした事が大きな一因となって
本戦である「関ヶ原」への遅参という大失態をやらかすのです。

1604年07月17日、嫡男で3代将軍となる家光が誕生
1606年06月01日、弟でのちの駿河大納言となる徳川忠長が誕生
1611年05月07日、隠し子的待遇となった保科正之が誕生

1614年〜15年の大坂の陣では大軍を率いた総大将として出陣する。
関ヶ原のトラウマからか、大坂の陣では逆に強行軍をしすぎて、
兵を疲労困憊させ、またもや父家康から叱責されています。

そんな秀忠も、この大坂の陣では自身で槍をとり奮戦するなどの武勇も見られ、
淀殿・秀頼の自決後は、大御所家康とともに、武家諸法度・禁中並公家諸法度などを整備・定着させました。

徳川家康像(狩野探幽画、大阪城天守閣蔵)
徳川秀忠像(松平西福寺蔵)

一説によると、死期を悟った家康から
「余の命もあとわずか。余が死んだら天下はいかに!?」と問われた時、
秀忠は一言「乱れます!」と答えたと言う。

「それが分かっていれば、大丈夫じゃ。」と家康は安堵し、
1616年に死去した、と言います。

 

元和2年(1616年)に家康が死去した後は将軍親政を開始し、
酒井忠世・土井利勝らを老中として幕府の中枢を自身の側近で固め、
自らリーダーシップを発揮します。

大名統制を強化して福島正則ら多くの外様大名を改易し
熊本藩家中の内紛である牛方馬方騒動を裁いた。

さらに、3人の弟を尾張・紀伊・水戸に配置し
自身の子・忠長には駿河・遠江・甲斐を与えた。

一方で、弟・松平忠輝、甥で娘婿でもある松平忠直や
家康の謀臣・本多正純を改易・配流にしている。

また朝廷に対しても厳しい引き締めを行う一方で、
娘の一人和子を後水尾天皇に入内させた。

また鎖国政策の布石として、外国船寄港を平戸・長崎に限定させている。

戦国の世から江戸幕府による統治国家への転換期において、
法の整備など文治による基盤を強固にし、
朝廷工作なども含めて幕府権力を築き上げた
と秀忠を評価する歴史家は多いのです。

家康も、他にいた武芸や戦果に優れた息子たちではなく、
三男である秀忠に将軍職を譲ったのは、
これからの統治の時代に合うのは秀忠のような男だ、
と目していた向きがあり、
事実、実直な秀忠は大いにその期待に応えていました。

ちなみに、
政治方面に長けていた向きがあり史実的にも戦果は残せてないものの、
遺体には銃痕が複数あることから、戦場では先陣をきっていたとされ、
秀忠自身筋肉質で鍛え上げられた身体の上に浅黒だったようで、
戦国の世においては見た目良く恵まれた体型だったと言う研究が残っています。

  

と、ここで、再び こよみすと 的見解
を振り返ってみましょう。
 

<こよみすと 的見解>

本質的に金運に恵まれドライな気質を持つ。
対人的にはリーダーシップが強く自分流。
潜在意識には頭脳明晰で強い信念を持つ。
明るく前向きで、実家とのご縁は強く長男的な役割を求められる。

 

いかがでしょう。
徳川秀忠さんを良く表している、と思いませんか?(^ ^)

テレビ時代劇や歴史小説では、この秀忠公、
巨大な父親に従う、小心で優柔不断な息子、
と描かれがちですが、

どうして、どうして、

暦を読み解くと、真実がたくさん
見えてくるのです。。。

 

 

 

徳川秀忠 主な年表

1579年04月07日 徳川家康の三男として誕生

1584年      次男秀康が豊臣秀吉の養子となり、徳川宗家の後継者に

1590年01月07日 豊臣秀吉の小田原征伐の際上洛し、
         聚楽第で秀吉に拝謁・元服
        この時、秀吉から「秀忠」の名を賜った。

1595年09月17日 秀吉の仲介で浅井三姉妹の三女・江姫と結婚

1597年      お江との間に千姫が誕生

1600年09月15日 「関ヶ原の戦い」に大遅刻

1603年02月12日 徳川家康が征夷大将軍に 秀忠・右近衛大将に(次期将軍)

1604年07月17日 お江との間に嫡男・家光が誕生

1605年04月16日 秀忠 第2代征夷大将軍に 

         千姫が豊臣秀頼と結婚

1611年05月07日 静(浄光院)との間に次男・保科正之が誕生

1614年     大阪冬の陣

1615年     大阪夏の陣 豊臣家滅亡

1620年     娘・和子が後水尾天皇に中宮として入内

1623年     嫡男家光を第3代征夷大将軍に 大御所となる

1626年     秀忠・家光・忠長の上洛中に、御台所お江が死去

1627年     紫衣事件により後水尾天皇が退位、和子の娘・明正天皇が即位

1631年     徳川忠長(実弟)の領地召し上げ

1632年01月24日 1632/03/14  病没  墓所:芝・増上寺の徳川家霊廟


https://www.zojoji.or.jp/

 

 

 

大人のタイムトラベル 〜暦と歴史の旅〜

藤野の興味は、これから皆様を、
徳川家康公が築いた徳川15代 265年の江戸時代へと
ご招待したいと思います。

時系列も前後することもあるでしょう。
興味が、ものすご〜くマニアックな分野に飛躍するかもしれません。

時代劇でおなじみの、歴史上の人物も多数登場します。

今日のように
みなさんと一緒に「暦」を読み解きながら、
日本全国を舞台に、歴史の旅をお楽しみ頂ければと願っています。

 

 

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〜暦と歴史の旅〜 織田信長編

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(日程一覧・お申し込み)

02月27日(木)
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02月29日(土)
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2020年03月05日(木)

昼の部 11-13時
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夜の部 19-21時
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ーーーーー

 

 

暦を学ぶだけではなく、
旅に出かけるだけでもなく、

暦の知識に、
旅の知識をプラスして、
そこに
もともとの自分の興味関心を合わせて
暦と旅のある生活を楽しむのです。


大好きな歴史の中の出来事や人物が、
暦と旅の現生活の中に蘇って来て、
目の前にイキイキと再現されるような感動を
味わい続けているのです。

今、私は、
ここ渋谷区広尾にオフィスを構えて
毎日のお仕事をしていますが、

もう明らかに、
ここは東京ではなく、江戸!なんです。

いわゆる「江戸・東京ブーム」というものは、
時代を超えてなん度も繰り返されているようですが、

私は今日も、
歴史小説や新書、あるいはもっと高度な専門書を通して、
大好きな「江戸時代」に触れ、
同時に、最近では非常に便利に使えるようになって来た
「古地図」というものをめくりながら、
江戸と現代を行ったり来たりしながら、
本当にエキサイティングな毎日を楽しんでいます。

なぜ江戸が好きか?
というお話はまたいずれ・・・

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